本会の目的は、戦国時代に郡内領主であった小山田信茂公と小山田氏一族の事績を顕彰し、広くその功績を後世に伝えてゆくことにあり、ひいては「まちおこし」「まちづくり」に貢献することにあります。

 小山田氏は、厳しい自然環境と田畑の少ない郡内の地を、優れた手腕によって良く統治しました。最後の領主となった信茂公は、武田軍団の先鋒大将として活躍し、文武両道を備えた武将として、信玄公からも信頼を得ていました。

 しかるに、江戸時代に出された「甲陽軍艦」で、信茂公は武田家を滅亡に追い込んだ裏切り者とされたために、小山田逆臣説が通説となってしまいました。それが誤りであったと、半世紀以上前から指摘され、近年多くの研究者の検証により通説は覆されました。

 特に、小山田氏の本拠地があった都留市を中心に、早くから活発な研究や取り組みがなされ、小山田氏の事績が顕彰されました。また、小山田信茂公についての多くの著作も出版され、小山田氏は全国区として広く理解されるようになりました。

 ここ大月市においても、市民有志や大月市郷土研究会、さらに県内外の研究者のご協力もいただき、小山田氏への関心が急速に高まって参りました。小山田氏が、岩殿城に拠って甲斐国に隣接する強大な戦国大名達から守ってきたこと。そして天正10年織田・徳川連合軍が甲斐国を焼き尽く勢いで攻め入ってきた時(甲州征伐)、信茂公が自らの命と引き換えに、一人の犠牲者も出さず、すべての神社仏閣にも触れさせず、郡内を救ったこと。これらのことが理解されるようになりました。なお、最近、新史料の発見により、小山田信茂公の冤罪を晴らした論考も発表されています。

 先人たちの努力を無にしないように、先駆的研究に学びつつ、小山田氏についての新たな研究にも取り組みたいと思います。今、私達ができうることは、歴史に真摯に向き合い、郷土の英雄、小山田信茂公の事績を検証し、次世代が誇りをもって郷土を語ることが出来るようにすることであります。同時にそれが、私たち世代の役割であり、責務でもあると考えます。 

 具体的には、勉強会や講演会、史跡探訪、会報発行などを通して、会員間交流や広報活動を進めて、小山田氏の歴史に親しみ、関心を高めることから取り組みたいと思います。

 この趣旨にご賛同いただき、ご指導ご支援を賜りたくよろしくお願い申し上げます。

         

平成30年1月吉日     発起人一同