副会長の折笠公徳が報告します。

小山田信茂公顕彰会が発足して、最大級に近いイベントだと思われる
大月市民講座での発表が11月2日(土)大月市立短期大学で
1時間45分行われました。

小山田信茂公顕彰会の総意を上げて、構想を含めると約2か月間
準備をして参りました。

顕彰会設立から約16年と長き間の総まとめができたのではないでしょうか。

発表は好評の評価をいただき、無事終了致しました。

以下が市役所広報誌10月号に載った記事です。

大きな目的は大月の英雄「小山田信茂公」が武田家を裏切っていないことを
市民の皆さんにわかってもらえるかです。

ストーリは以下になります。

小山田信茂公は武田家を裏切ったという説がありますが、実はその真実は異なります。郡内地域を守り抜いた功績や、その真意が歴史の中で誤解されてきた背景を、顕彰会の視点から読み解きます。

小山田信茂公は、「甲陽軍鑑」によって武田家を滅ぼした裏切り者とされることが多いですが、顕彰会ではこの通説を覆すため、さまざまな研究と活動を行ってきました。例えば、信茂公は天正10年、織田軍からの侵攻を防ぐために、自己の命をかけて郡内地域を戦火から守りました。この行動が、結果的に郡内の平和をもたらし、地域の人々がその恩恵を受けていたことがわかります。

また、顕彰会の活動を通じて、小山田信茂公が武田家の滅亡に直接的な責任があったわけではないという新たな史実が発見されており、信茂公の正当な評価を広めるための取り組みが進んでいます。歴史は勝者によって書かれるものですが、その陰で地域を守った英雄の真実を見直すことが大切です。

信茂公の真実を知り、郡内地域の歴史や文化への理解を深めることで、私たちは彼の遺徳を偲び、未来へと受け継ぐ誇りを感じることができます。

それでは発表内容を紹介します。

全体は PDF を御覧ください

今回の発表で顕彰会の理念と活動が十分に理解されたと信じています。

第一の柱
信茂公の真実を明らかにする。信茂公の最後のご無念、すなわち勝頼公との離反、
織田家との裏交渉、小山田家存続といった歴史的事実は、信茂公の真意とは
異なる形で流布されています。
この誤解を解き、信茂公の真意を明らかにすることが、顕彰会の活動の中心です。
研修会や活動報告を通して、信茂公の功績と真実を明らかにしてきました。

第二の柱
地域おこしという点において、顕彰会では、最終目標として「武田信玄公像に
匹敵するほどの銅像建立」を目指しています。
これは、まだ具体的な行動には移していませんが、顕彰会役員会内で
提唱し始めたものです。

今後更に、小山田信茂公顕彰会は信茂公への恩返しと郡民の誇りを未来へ
繋ぐ活動を行っていきます。